アルコール依存
・アルコール依存症とは、「コントロール障害」を呈する病気です。
・わが国には、潜在的なアルコール依存症者が、数多く存在します。
・虐待や不適切な養育が生じている事例において、親にアルコール依存の問題が伴う疑われることも多いです。問診やスクリニーニングテストなどを用いてその可能性を精査する必要があります。
・親が薬物使用や依存症の問題を抱える事例では、子どもが行動上の問題や情緒面での問題をもつ確率が高まるだけでなく、虐待が重症化しやすいといわれています。
・アルコール依存症の回復のためには、早期発見・早期介入が重要です。
アルコール依存症とその疫学
アルコール依存症は、飲酒に対する「コントロール障害」であり、長期間かつ大量のアルコールを摂取することで、アルコール摂取が減少した後に離脱症状や耐性、渇望を呈する疾患です。この診断には、次に示すICD-10診断ガイドライン(健康日本21推進のためのアルコール保健指導マニュアルより)が用いられています。
ICD-10診断ガイドライン
過去1年間に、以下の項目のうち3項目以上が同時に1カ月以上続いたか、または繰り返し出現した場合
① 飲酒したいという強い徳欲望あるいは強迫感
② 飲酒の開始、終了、あるいは飲酒量に関して行動をコントロールすることが困難
③ 禁酒あるいは減酒したときの離脱症状の出現や、離脱症状を軽減、あるいは避ける意図でアルコールを使用
④ はじめはより少量で得られたアルコールの効果を得るために、飲酒量を増やさなければならないような耐性
⑤ 飲酒のために、それに代わる楽しみや興味を無視し、飲酒せざるをえない時間や、その効果からの回復に要する時間が延長
⑥ 明らかに有害な結果が起きているにもかかわらず飲酒
厚生労働省研究班が行った全国調査によると、2012年の日本人口におけるアルコール依存症推計数は109万人 (男性1.3%、女性0.3%) であり、現在、ICD-10診断ガイドラインでアルコール依存症の基準に当てはまる人は58万人 (男性1.0%、女性0.1%) であったことが報告されています。また、尾崎らによる報告 (2005) では、一般成人集団のうちの300-400万人超の者にアルコールの問題があるとされており、診断がついていない、あるいは治療に繋がっていない者の中にも潜在的なアルコール依存症者が数多く存在することが指摘されています。
アルコール依存症者、あるいはアルコールに問題がある者がアルコールを乱用するに至る背景には、不安やストレスなどがあり、これらが直視し難い現実として受け止められ、そのことを忘れるために節度を越えたアルコールの有害使用をしていることが確認されています(新井ら、2013)。しかしながら、当事者は自己の飲酒に問題があるとは認識しておらず、自己の飲酒に問題があることに気付いた時にはすでに止めようとしても飲酒を止めることができなくなっていく状態でもあります。
なお、虐待や不適切な養育を生じている親の事例において、アルコール薬物依存症が疑われる事例は多いといわれています。児童虐待により児童相談所に通告された事例の16名に1名は、アルコール薬物依存症が疑われる事例であったという調査結果もあります。また、アルコール・薬物依存症事例では虐待重症化しやすいともいわれており、アルコール依存症のある養育者の事例の4割以上が中等度以上の虐待の重症度であることも確認されています(アルコール薬物依存症のない事例では、中等度以上の虐待のあった事例は3割にとどまる程度)。児童虐待とも切り離せない問題の一つであり、アルコール依存を見逃さないためには、問診やスクリニーニングテストなどを用いてその可能性を精査する必要があります。
養育者がアルコール依存を有することで子どもに生じうるさまざまなリスク
・暴力時における飲酒の影響として、酩酊による抑制力や判断力の低下、飲酒欲求で頭が一杯になり養育や夫婦関係における適切な判断ができなくなること、中毒症状や離脱症状の影響などが指摘されています。
・依存症に合併する問題する慢性的問題の影響も関係します。児童相談所通告事例でもアルコール依存の養育者では、それがない養育者よりも、社会的孤立、DV、育児疲れ、不安定な就労、経済的問題、生活保護受給、ひとり親家庭、親自身の被虐待体験、虐待者の心身の問題などのリスク要因を持つ場合が有意に多いという結果が出ています。
・アルコール依存症のある親を持つ子においては、行動や情緒の問題をもつ確率が高いといわれています。特に、アルコール依存症の親を持つ子においては、そうでない子に比べ、対人関係の問題、低い自己評価、感情判定、不安・怯え・パニックがある確率が、1.5倍高いことも確認されています。
支援のポイント
【子どもへの支援】
・養育者に依存症がある場合、子どもの心身の状態のチェックと支援は不可欠です。子どもに親の依存症の病気の特徴について教えることも重要となります。
・子どもが親の問題を理解できるように適切な心理教育を行うことで改善する場合があります。
・子どもの行動や精神面において不安定なケースが見られる場合は、子どもが安心して生活できるように関わることが重要です。
・なお、親子の分離については、虐待の程度とパートナーや周囲の大人の養育力に基づいて判断することが必要です。
【養育者への支援】
養育者あるいは養育者のパートナー等がアルコール依存の問題を抱えている事例の支援では、依存症を抱える養育者やその家族に対して依存症の心理教育を行うと共に、依存症の相談・治療のための機関(保健・医療機関等)や司法機関(保護観察)などと相談しながら、連携協働した対応が必要です。また、断酒会や自助グループなどの同じような苦労をわかちあいはアルコール依存症からの回復において重要な力となります。近年、保健・医療機関では、近年、本人を対象とした依存症回復プログラムや自助グループ、家族を対象とした家族教室を行う施設が増えてきていますので、このようなプログラムへの参加を促すことは、アルコール依存からの回復支援に有益であると考えられます。
なお、アルコール依存症をはじめとする依存症は、障害に至る前の早期の段階ならば比較的短期間の治療介入でより高い治療効果をもたらすものの (樋口ら、2000)、問題や障害が深刻化するに伴い、治療による効果や、治療によりもたらされた効果が持続しにくい状態となってしまう特徴もあります。依存症の問題の深刻化を回避するためには、小さなサインを見逃さず、精神保健福祉センターや保健所・保健センターなどの相談機関、自助グループ、アルコール依存症の治療を行っている専門機関につなげ、早期の介入を行うことが重要です。
相談先のリンク
厚生労働省 地域にある相談先: http://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/consult_2.html
全日本断酒連盟:http://www.dansyu-renmei.or.jp/kazoku/detail01.html
AA(アルコホーリクス・アノニマス):http://aajapan.org/
非特定営利活動法人アスク(ASK)相談機関リスト:http://www.ask.or.jp/sodankikan.html
参考文献
新井清美、森田展彰、韮澤博一 (2013). プレアルコホリックの認識における変化のプロセス―アルコール依存症患者とその家族の語りからの分析―.日本アルコール・薬物医学会雑誌, 48(3),198-215.
アルコール保健指導マニュアル研究会 (2003). 第3章 飲酒の実態とアルコール関連問題 (樋口進編) 健康日本21推進のためのアルコール保健指導マニュアル 社会保険研究所, pp.
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