性的虐待

・性的虐待は、その後の影響が長期的に残る深刻な児童虐待です。

・性的虐待の開示または性的虐待を疑う言動が子どもからあったら、「誰に、何をされた」を簡潔に聞き取り、詳細を根掘り葉掘り聞かずに、速やかに児童相談所に通告することが大切です。

・子どもに性的虐待の疑いがあるときに最小限必要な内容を聞き取る手法に、性虐待初期対応にかんする「RIFCR(リフカー)」があり、毎年研修が行われています。

・性的虐待の聞き取りは誘導しないように事実を聞き取る必要があり、米国の司法面接の訓練を受けた面接者による聞き取りを行うことが望ましく、児童相談所をはじめ多機関でこの面接手法が普及してきています。

・性的虐待の予防には、子どもへの安全教育が大切です。

・性的虐待への治療は、子どもへの心理教育や認知行動療法が開発されています。

性的虐待とは

 日本の児童虐待の防止等に関する法律では、「児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること」と定義しています。性虐待にあたる具体的な行為として、子どもに接触する行為としては、子どもへの性行為(性器を膣に挿入する)、性器を口や肛門に入れる/入れさせる、口で性器や肛門、乳房に触れる/触れさせる、性器を触るまたは触らせる、舌を使ったキスや胸や下半身などプライベートゾーンへの接触、あるいは触らせるまたはそうした行為の強要、教唆などが挙げられます。子どもに接触しない行為としては、性器や性行為を見せる、ポルノグラフィーの被写体などに子どもをする、子どもに性的な動画や写真などを見せることなどが挙げられます。

児童相談所における性的虐待の相談件数としては、平成26年度が1520件(虐待相談全体の1.7%)、平成27年度は1518件(虐待相談全体の1.5%)と他の虐待種別に比べ少ない特徴があります。これは、保護者からの性虐待のみの数であり、実際に対応している数はもっと多い状況ではあります。また、我が国では「性」に関しては話しづらい、相談しにくい性質があることや、子どもが性的虐待について告白しても信じてもらえなかったり、加害者から口止めされる、家族を壊したくないなどの理由から性的虐待に遭ってから何年も開示されないことなども報告されており、未だ発覚していない性的虐待も多いと推測されます。

 

子どもへの性虐待が疑われたらどうすればよいか?

子どもへの性的虐待が疑われたら、「誰に、何を」されたかを聞き取り、速やかに児童相談所へ通告することが大切です。通告の前に「お父さんにやられたの?」「性交をされたの?」などと誘導的な聞き方をしないように注意が必要です。これは、性的虐待においては子どもの証言のみが唯一の証拠になることも多いため、誘導的な質問をすると、それによって子どもの記憶が混濁し、子どもの証言の信ぴょう性が低下するからです。

性的虐待通告後の児童相談所の対応と被害確認面接

児童相談所に通告したのちには、児童相談所職員が子どもが安全か検討し、子どもが安全でない場合は子どもの安全を確保します。その後、子どもの受けた被害を誘導のない聞き方で聞き取る「被害確認面接」が行われることが多いです。これは米国で、被害を聞き取るために開発された調査面接の手法であり、2017年現在かなり多くの児童相談所でこの手法の研修を受けた面接者が「被害確認面接」を行っています。さらに、平成27年10月28日「子どもの心理的負担等に配慮した面接の取組に向けた警察・検察との更なる連携強化について」との提言が厚生労働省より出され、同日に最高検察庁刑事部長から「警察及び児童相談所との更なる連携強化について」(平成27 年10 月28 日付最高検刑第103 号)が各地方検察庁次席検へ、警察庁から「児童を被害者等とする事案への対応における検察及び児童相談所との更なる連携強化について」(平成27 年10 月28 日付警察庁丁刑企発第69 号ほか)が各都道府県警察等へ発出され、児童相談所、警察、検察が連携して行う多機関連携での被害確認面接が行われることも増えてきています。このようにわが国での性的虐待対応も少しずつではあるが進歩してきているといえます。

性的虐待を受けた子どもの診察と治療

<性的虐待を受けた子どもの診察>

米国で行われている、性的虐待を受けた子どもになるべく負担をかけない診察のしかた(系統的全身診察)の診察法の研修が、わが国でも行われてきています。子どもに負担をかけない問診をしながら、性器診察も婦人科で行われる膣鏡を用いずに診察をする方法です。一部の自治体の児童相談所では原則的にすべての性虐待被害児の診察をこの方法で医師への依頼を行っています。この診察法が全国に普及することが望まれます。

<性的虐待を受けた子どもの治療>

性的虐待の被害を受けた子どもの中には、その影響が顕在化する子どもと、表面的には順応しているように見え、症状をあらわさない子どももいます。しかし、長期的影響を考えると、すべての性的虐待を受けた子どもに、虐待を受けた子ども、性虐待を受けた子どもがどのような気持ちになり、どんな影響があるのかを子どもや非加害の親にわかりやすく説明する必要があります。これらを「トラウマインフォームドケア(TIC)」といいます。PTSD症状があるお子さんには子どものトラウマ治療としてエビデンスのあるトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)などのトラウマケアを行います。

性的虐待の影響と性的虐待を受けた子どもの特徴

<性的虐待の影響>

性的虐待は子どもに短期的および長期的な重篤な影響を及ぼすことが多くの研究で実証されています。主な年齢別で生じやすい影響を以下に示します。

2~6歳:不適切な性行動を示す率が高く、性的虐待を受けていない子どもと比べてPTSDの所見が認められることが多いです。3歳から6歳にかけて性的虐待の被害を受けた子どもは、抑うつと不安感を呈しやすく、社会的ひきこもりの症状を呈する傾向にあります。

7~12歳:抑うつや不安、PTSDの症状を呈することがあります。また、自殺念慮率も増加します。性的な願望と不適切な性行動も指摘されています。この年齢層では、子どものコーピングストラテジーや家族や友人の支援が虐待の心理学的症状において重要な役割を果たします。また、低年齢の小児とは異なり、自身の社会的能力を過小評価してしまう傾向にあります。

13~18歳:抑うつや不安、PTSDは、この年齢層においても実証されています。思春期では、低年齢の子どもに比べて抑うつ症状を経験する率が高まったり、全体的な自尊心が低下し、気分障害に罹患する危険性が、虐待の深刻度と強く関連しています。自殺念慮や自殺既遂は増大するが、女性よりも男性の自殺傾向が高いといわれています。思春期女性においては、自傷も、性的虐待の被害を受けている子どもでは、対照群の4倍に上ります。

また、性的虐待を受けた思春期の子どもは、より早い年齢に成功を始める可能性や、より頻繁に性交をする可能性などの報告もあり、HIVを含む性感染症や、十代での妊娠率が高いともいわれています。思春期で妊娠する性的虐待の被害児では、早産を含む妊娠合併症を起こす危険性が高い状況があります。また、性的虐待を受けた子どもでは、同年代の仲間との関係を築き、保つことが困難であるとの報告もあります。

睡眠障害は、性的虐待を受けた子どもに、より多く見られます。性的虐待を受けたティーンエイジャーでは、反社会的な特徴や、その他の性的でない問題行動についてもを示す率が高く、家出や非行集団加入への傾向が強いことが報告されています。思春期の子どもでは、性的虐待と摂食障害の関連を示唆する明確なエビデンスも示されており、頻繁なダイエット、過食、体重へのこだわりが含まれています。

薬物乱用やアルコール乱用が生じやすいことも言われています。性的虐待を受けた子どもでは、早い年齢から薬物使用を開始したり、頻繁に使用したり、非常に多くの種類の薬物を使用する傾向があります。子どもが身体的虐待と性的虐待の両方を受けている場合には、更に薬物乱用の危険性が高まります。こうした乱用の背景としては、過去のトラウマ記憶や情緒的問題への対処手段等として使用しやすいことがあります。

家族の強い支えや、内的なレジリエンス(精神的な回復力)が示された場合には、性的虐待の影響を最小限、または全くあらわさない子どももいます。

 

<性的虐待を受けた子どもの特徴>

性虐待を受けた子どもには以下に挙げるような特徴があります。子どもの性虐待を早期に発見する立場にある援助者は、子どもの特徴を理解して、対応する必要があります。

①打ち明けるプロセスがある

性虐待を受けている子どもには、打ち明けるプロセスがあります。

1)否認:最初は性虐待を受けていても、受けていないと否認する子どもがいます。これは加害者から、「二人だけの秘密だよ」「誰にも言っちゃいけないよ」などと口止めをされていることが多いからです。

2)ためらいがち:子どもは自分が受けた性虐待よりも少なめに開示することがあります。実は性交渉までされていたとしても、「ちょっと触られただけ」と被害を少なめに話したり、自分が虐待を受けているのに「私の友だちがやられている」と他の人の被害として話したりすることがあります。

3)積極的:自分の被害を積極的に開示することがあります。

4)撤回:実は性虐待は受けていなかったと被害事実を撤回することがあります。これは、虐待を受けたと開示しても、母親が信じてくれなかった、被害を聞いた大人がとても狼狽したため撤回するなど、いろいろな理由が考えられます。子どもが撤回したからといって、なかったものとすぐに信じてしまうのは早計です。

5)再度肯定:上記のプロセスをすべての子どもが踏むわけではないですが、最初に子どもに聞いて虐待の事実の開示がなかったとしても、「性虐待はなかった」と安易に決めてしまわないようにしましょう。また、話を聴く中で、たとえ子どもがなかったものとして撤回したとしても、容易に「なかった」と決めてしまわないことが大切です。

 

② 性的虐待順応症候群について

米国の精神科医ローランド・サミットは、1983年に「性的虐待順応症候群」について発表しました。これは性的虐待を受けた子どものノーマルな心理反応であり、性虐待の発見や対応のためには知っておく必要のある内容です。

1)性的虐待を秘密にしようとする

加害者が子どもに脅しや口止めをすることにより、子どもは、やってはいけないことだと思い込んでしまいます。また、開示しても誰も信用しないと加害者が子どもに伝えることで口封じを強化させてしまいます。

2)自分は無力で状況を変えることはできないと感じる

子どもは保護者や権威ある人にイヤということができず、わいせつな行為をされても寝たふりをしたり、隠れたり、解離したりするのが精いっぱいなことが多いです。

3)加害者を含めた周りの大人の期待に合わせよう、順応しようとする

子どもは秘密にすることと無力感の中で生活しており、その生活に順応しようとします。

4)被害の開示の遅れ、開示内容に矛盾があること、開示が説得力に欠けること

子どもの性的虐待の開示が遅れるのは極めて正常なことです。

5)被害を開示した後で撤回する

開示後に起こるかもしれないと恐れていたことが本当に起こったことで虐待の開示を撤回する子どももいます。

こうした子どもたちの反応は、自分が悪かったと思いこんでいる罪悪感、加害者や家族が自分のことで困った立場へ立たされることへの不安、性的虐待が立証されたら自分の身はどうなるのかという恐れなどにより、引き起こしやすいと言われてます。

参考文献

・マーティン・A・フィンケル,アンジェロ・P・ジャルディーノ.「子どもの性虐待に関する医学的評価―プラクティカルガイド 」2013年.診断と治療社

・Keeshin, B R,., Corwin, D L. (2011) : Psychological Impact And Treatment of Sexual Abuse of Children. Jenny C. (ed.): Child Abuse And Neglect Diagnosis, Treatment, and Evidence (pp. 461-475). St. Louis, Missouri, Saunders.

・Sorensen, T., Snow, B. (1991): How children tell: The process of disclosure in child sexual abuse. Child Welfare, 70(1), 3-15.

・Summit, R. C. (1983): The Child Sexual Abuse Accommodation Syndrome. Child Abuse and Neglect, 7, 177-193

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