身体的虐待

・身体的虐待は生命に関わることがあります。特に2歳未満は死亡率が高いので迅速に対応する必要があります。

・ふさわしい説明や目撃者がいない外傷は身体的虐待の可能性を考慮しましょう。

・自然に治ってしまう程度のわずかな外傷であっても、伝い歩きができない月齢(生後9か月)であれば、虐待外傷を強く疑います。この月齢の身体的虐待を見落とすと死につながる可能性があります。

・診断のためには、医療機関へ診察を依頼します。これは、眼底出血や骨折跡など隠れた外傷を見つける目的と、虐待外傷と見間違うような特殊な疾患がないか、鑑別するためです。

・虐待外傷を疑っていると非加害側の親に伝える際には、子どもの安全のために、正確な情報収集が重要であることを強調し、協力を要請します。

・加害者の心境の理解に努め、衝動的・無計画な暴力が発生するリスクを減らすよう介入する必要があります。

身体的虐待に伴う外傷の特徴

子どもは転んだりぶつけたりしてよく怪我をします。日常生活で生じる怪我と、虐待外傷には異なる特徴があります。虐待外傷の特徴:新しい怪我と治りかけのものが新旧混在・多発する、身体の複数の面(生活環境で左右同時にアザが生じるのは稀)、通常ではぶつけにくい部位(骨が出っ張っていない臀部や腹部、耳、口の粘膜)、特徴的な形(平手・噛みあとなど)、外傷の種類(骨幹端・肋骨骨折)に注目します。

詳細は日本虐待医学会による「一般医療機関における子ども虐待初期対応ガイド」http://jamscan.jp/manual.htmlを参照。

年齢も重要で、2歳未満では致死率が高く、重度の後遺症を伴いやすいため十分に注意が必要があります。

伝い歩きができない月齢(生後9か月未満)では、通常の子育てや遊びの中で、あざ・骨折・頭部外傷を負うことはありえないと考え、筋の通った理由がない限り、「身体的虐待」として精査する必要があります。乳児のアザは、強い外力により生じるものであり、たとえ些細な怪我で自然に治るように思えても、この”軽い”所見を見逃すことにより、後に身体的虐待がエスカレートし、死に至る可能性があります(虐待頭部外傷・腹部外傷・骨折・熱傷と診断された子どもの約30%は、その前に軽い外傷を認めていたという報告もあります)。

アザ以外に隠された外傷(古い骨折の痕、頭蓋内出血、眼底出血など)を見落とさないためにも、医療機関へ診察を依頼します。これは、虐待のように見えて虐待ではない基礎疾患をもつ場合に、正しい診断のためにも重要です。たとえば、一部の骨の疾患では日常生活で多発骨折が生じることもあり、血液疾患ではアザや血腫を生じやすいです。「虐待が否定できないから」受診を勧めるのではなく、「危ない病気や状況を見逃さないため」「子どもと家族の安全・安心のため」に受診を勧めることが大切です。

なお、専門家であっても意見が食い違うことがあります(虐待か / 事故か。どのような受傷メカニズムが考えやすいか、など)。判断に迷う場合には、虐待医学に詳しい医師に、積極的にコンサルテーションを得ることが重要です。

養育者が虐待行為を行うリスク

虐待頭部外傷 / 揺さぶられっ子症候群 (Abusive Head Trauma, AHT / Shaken Baby Syndrome, SBS)では、激しい啼泣の生じる生後2か月に養育者の揺さぶり行動の頻度が高まることが知られています。その行為の背景には、泣き止ませねばならないという切迫感(子どもが泣きやまないのは、子どもまたは親自身に問題があるように思えてしまうことによる)、生活環境や人間関係における不満やストレスが存在することが多いです。

また、養育者が、子どもに対して、子どもの発達段階にそぐわない期待を抱いているときにに生じやすい身体的な虐待として、哺乳瓶や離乳食のスプーンなどを乱暴に押し込むことで生じる口腔粘膜外傷、トイレトレーニングが進まずに与えられる陰部外傷などもあります。

これらは、衝動的な単発の暴力のこともありますが、慢性化し、後にエスカレートしてより激しい暴力へと発展することもあります。

支援のポイント

・身体的虐待への対応を誤ると死に至る危険があります。子どもの安全が最優先事項です。

・所見を踏まえ、医学的な判断を依頼します。表面からわかりにくい隠された外傷の調査(虐待外傷サーベイランス)や、虐待外傷と間違えられやすい特殊な基礎疾患の有無について。判断に迷う場合は、虐待医学に詳しい専門医へ積極的にコンサルテーションを受けることが重要です。

・虐待に特徴的な外傷と診断されたら、養育者の語る病歴がどうであれ、虐待として対応します。虐待が否定できない外傷では、他に適切な理由がない限り、虐待ありとして扱います。

・加害が疑われる親から、受傷状況の説明が語られたら、その内容に信憑性があるか、その都度、医師と話し合うことが重要です。

・今後の安全を確保するためには、誰が、どんな状況で外傷を負わせたのか、その行為に至る誘因は何か(たとえば、子どもに対する不適切な期待、社会孤立、夫婦の不仲など)をできるかぎり詳細に把握する必要があります。そして、その問題が解決できれば、今後の安全が保証されるのかを評価します。

・外傷について納得できる説明がなかったとしても、「大人が意図して暴力的な力を与えないと生じない外傷である」と養育者に伝え、被害児童および同居する子どもの安全に配慮しつつ、二次予防に取り組むことには大切な意義があります。

 

虐待を疑う所見があるが、判断に迷う場合

・親と面接してみると、虐待のリスクが低いのではないかと感じてしまうとき。

・周囲の状況から、虐待として対応することが困難と思えたり、過剰対応に思われるとき(医療機関が虐待診断に関わることに消極的であるなど)。

しかし、以下の点に注意する必要があります。

・どんな養育者でも、一時的に感情の制御ができなくなり乳児を傷つける可能性があります

・親以外にも子どもを虐待する人物が存在する可能性があります

・子どもの安全が最優先されます

・診断が確実でなくても、対応する義務があります

•身体的虐待の判断を誤ると、死に至る危険があります(次に会うのは、その子どもが死んだときかもしれない可能性もあるのです)

家族への対応では、決めてかかることをせずに、通常業務の範囲で虐待診断の手続きが必要であることを伝え、判断の結果も伝えることが重要です。

もし、関係医療機関が虐待診断に消極的ならば、虐待医学を専門とした医師へコンサルテーションし、更なる対応について協議する必要があります。

仮に、専門家が虐待の確定診断を下せず、加害者を特定できなかったとしても、診断評価や調査によって、虐待的養育者の行動を変化させる介入となる可能性もあり、虐待の経過に変化をもたらすこともあり、調査すること自体にも、改善のために重要な一歩であると考えられます。

参考文献

・M リースロバート, W クリスチャンシンディー, 日本子ども虐待医学研究会. 子ども虐待医学: 診断と連携対応のために. 明石書店; 2013.

・Dubowitz H. Child Maltreatment, An Issue of Pediatric Clinics,. Elsevier Health Sciences; 2014.

・Graham BR. Effective Child Abuse Investigation for the Multi-Disciplinary Team. Taylor & Francis; 2014.

 

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