DVが関わる事例の発見と初期対応

・パートナー間暴力(Intimate Partner Violence; IPV)は、他の種類の虐待との合併を引き起こしたり、慢性化させる危険因子の一つです。

・子どもに直接暴力が及んでいないとしても、子どもの心理・行動・身体へ悪影響が生じる可能性があります。

・当事者が暴力であることを認識し、そこから逃れるために行動を開始するまでには、複雑なプロセスがあります。児童領域・成人領域の枠にとどまらず複数の社会資源の利用が必要であり、解決に向かうまでに非常に長い時間が必要なことも多いです。

・当事者の社会的・心理的環境の理解に努め、被害親子と支援者との同盟関係を断ち切らないような配慮が必要です。

・そのために、パートナー間暴力に関する適切な知識と関係者間で共通認識をもって連携することが重要です。

親密なパートナー間の暴力(Intimate Partner Violence, IPV)

ここでは、家庭内暴力全般を指すDV(ドメスティック・バイオレンス)ではなく、夫婦や交際関係における暴力に限定するためにパートナー間暴力(以下、IPV)の語を用います。

IPVは、世界中で蔓延する社会問題であり、身体的暴力だけではなく性暴力・心理的暴力、行動規制など、その内容は多彩です。調査によって異なる定義を用いており調査結果には幅がありますが、身体的暴力・威嚇・行動規制・性暴力の被害を対象にすると、人種・文化を問わず、女性の3〜5人に一人は生涯体験があると報告されています。内閣府により2014年に実施された、女性1811人・男性1733人を対象とした配偶者間の身体・心理・経済・性的暴力に関する調査でも、女性の4人に1人(その40%は何度も経験)、男性の6人に1人(その20%は何度も経験)は被害を体験していることが明らかになっています。

IPVの加害者が、子どもへも直接的な暴力をふるう事例も少なくないと言われています。海外においては、IPVは身体的虐待・心理的虐待・性虐待・ネグレクトなどあらゆるタイプの虐待を合併しやすいという報告が多くありますが、わが国における調査でも同様の傾向が示されています。また、複数の種類の虐待を重複して体験するとか長期に渡り虐待を受け、一時保護後に虐待が再発するなどの虐待の複合化・慢性化にも関連しており、虐待ケースワークを難しくする要因の一つとも言われています。

妊娠前からすでに暴力があるケースのほうが多いですが、妊娠期間中に頻度が増えてゆく傾向があります。この時期に被害を受けると、妊娠合併症の他、子どもへの影響として早産・低出生体重児など合併する割合が高い状況があります。また、母子の絆の形成に悪影響があり、母親からの虐待的な行動パターンにつながる傾向も示されています。

子どもへ直接的に暴力が振るわれることがなくても、子どもの安全基地であるはずの養育者が暴力を振るい・振るわれる日常が子どもの心理・行動へ与える影響は深刻です。うつ・不安・PTSDなどの精神症状の他、暴力行為といった行動化や、対人関係が結びにくく社会的ひきこもりや学業不振などの行動面での問題も伴いやすくなります。また、様々な身体症状との関係も示唆されています。一見すると過適応的な“いい子”の印象を持つことも少なくないですが、成長後にそれまでは目立たなかった精神症状が顕在化したり、対人関係に困難さを抱え、アルコール・薬物の問題や性的危険行動、暴力(いじめを含む)加害者・被害者になりやすいことも示されています。暴力の再生産や世代間連鎖にもつながる問題であり、適切な介入が望まれます。

IPVの養育者のさまざまなリスク

・国内の調査によると、一時保護児童においてIPVがある事例は、養育者にアルコール・薬物乱用、精神疾患が存在する割合が高い上場があります。海外の研究でも、アルコール・薬物乱用やうつ症状との関連が示されています。

・加害者側のリスクとしては、ジェンダー役割についての認識の偏りや、親密な関係において許容される行動についての認識の歪みなどがありますが、子どもの頃の虐待・ネグレクト体験は大きな要因として知られています。一方で、子どもの頃の虐待・ネグレクト体験は、”被害の”受けやすさにも関連しており、それらの逆境を跳ね返す力を持って成長する人物も多くいることもまた事実ではあります。したがって、暴力の責任について取り組む際には、加害者本人の児童虐待被害体験だけを取り上げ、家族に暴力を振るった責任を薄めるような介入は不適切といえます。

IPV被害を受けている養育者の特徴

<行動の特徴>

 IPV被害を受けている養育者は、うつ・不安・PTSDなどの深刻な精神症状を伴うことも多く、日常的な暴言・暴力により自尊心の低下や羞恥心を抱き、統制の取れた行動が難しい状況になることも多いです。養育者を並べて比較すると、落ち着いている加害側に対し、情緒不安定で頼りない被害者側の方に問題があると思えたり、周囲を取り込むことに長けている加害者側に対し、感情的に振る舞う被害者側が加害者であるかのように思えたりと、誤解されることも少なくありません。

< 暴力や自らの状況についての認識>

 IPV被害を受けている者は、暴力や自らの状況について、第三者の認識とのズレが生じやすく、「状況判断ができない人」と誤解されることも多いです。しかし、これは識別能力の低さや依存的な人格などの個人の資質によるものではなく、IPVおよびそれを取り巻く社会の独特な状況からもたらされるものでもあります。

・安全についての懸念:被害者は、加害者の意に反する行動がばれて激しい報復をされるのではないか、という恐れを抱いていることも多いです。実際、IPVに関連した殺人は、被害者側が支援者につながったり関係を絶とうと行動する時期に生じやすいという報告もあります。自らが暴力被害者であると認めても逃れる手段はないし、一時的に避難できたとしても追跡されないとは限りません。このような状況ならば、IPVと認識して抗うよりも、耐え忍ぶことを選択するほうが安全と思うかもしれません。

・継続しているプロセス:IPVの加害者・被害者の関係は、愛情ある親密な関係から継続しているものであり、一部の行動を切り取って「暴力」「加害者」と定義づけるのは、当事者にとって困難なことが多いです。

・社会通念の影響:「子どもには両親が必要」「他もみな苦労している」などの社会やコミュニティの圧力により、耐え忍ぶべきとの認識を生んでしまうことも多いです。

・自立した生活の手段がない:逃れたいが、金銭や住居が無い、介護などの関わりが必要な家族などの存在が離別行動を難しくしていることもあります。

・慢性的な被害に伴う精神症状:うつや不安症状により行動できないでいることがあります。PTSDによる回避症状は“理解力のない人”、過覚醒症状は”神経質・攻撃的な人”、解離症状は”演技的、信頼できない人”と評価されることがあり、支援者側には問題がある人物として印象づけられてしまい、支援者との同盟関係を結びにくい状況があります。

・無力感:加害者によって自尊心を低められたり、知人などとのつながりを絶たれたりしていることも多く、自己・他者・社会への信頼感が低下することもあります。被害によって作り出された無力感が行動を難しくしてしまいます。

<子どもの頃の虐待・ネグレクト・IPV体験による影響>

 IPV被害を受けている養育者自身が子どもの頃に虐待・ネグレクト・IPVの体験を持つことも少なくありません。これらの体験が及ぼす影響として、以下のようなものが挙げられます。

・暴力被害への耐性が高くなります。

・暴力を受けるのは受ける側に非がある、などの合理化し、暴力を不適切と思わない傾向につながることがあります。

・愛情が強いほど“束縛”したがるなど、暴力と愛情の区別が苦手になることがあります。

・責任ある行動のモデルを見て育たず、家族の責任を一身に請けることに理不尽さを感じないことがあります。たとえば、自分さえ我慢すれば、家族仲良くやっていけるなどという思考をもちやすくなります。

<相談できる人間関係を構築しにくい>

 IPV被害を受けている養育者においては、相談できる人間関係を構築しにくいという特徴を持つ場合も多いです。身近に心を打ち明ける家族や知人がほとんどおらず、加害者パートナーが唯一の理解者と認識している場合もあります。また、暴力と気づいていても、危機の支援を期待できる家族や知人がいないことも多いです。

 人によっては、子どもの頃やこれまでの経過の中で、公的機関等に助けてもらえなかった経験をもっていたり、公的機関の関与により、自らの生活環境が破壊されてしまうかも知れない、と恐れをいだいていることもあります。また、IPVという虐待が明るみになることで、子どもが保護され、公的機関に子どもを奪われてしまうのではないかと恐れている場合もあるでしょう。また、母子支援施設に入ることにより、一時的な安全は保たれるものの、自立した生活を始めた後に、加害者に見つけられるかもしれないと不安にさいなまれたり、報復されるくらいなら逃げない方がいいと考える場合もあります。それまでの知人との関係なども断つ必要がある場合などは、心の支えなしに新たな環境に踏み出すことに大きな不安を感じる場合もあります。こうした状況から、身近に助けを求めることもできず、公的機関や相談機関等にも助けを求めることもできず、孤立してしまっている場合も多いです。

  

 なお、実際にはこれらが単一で存在することは少なく、いくつもの要因が複雑に重なり合って、綱渡りのような生活を続けていることがほとんどです。第三者が支援に乗り出しても順調に進まないとしたら、綱の上以外の解決策に目を向けることが難しかったり、支えにつかまろうとしてバランスを崩すくらいなら綱の上で耐えている方が安全と判断している可能性が高いです。

支援のポイント

【子どもへの支援】

・本ホームページの別項目に記載しています。

【養育者への支援】

 現時点では、IPVは被害者本人の同意がない限り積極的な介入が難しい問題であり、被害者側の同意を得ることもしばしば難しいことから、子どもを守る立場の専門職にとってIPVは非常にフラストレーションの高まる事例となりがちです。そのため、「子どもが危険なのに保護しようとしない親」「暴力を振るう相手のもとに戻ってしまう決断力のない・依存傾向のある親」などの歪んだ認識が支援者側に生まれることも少なくありません。しかし、IPV当事者は、常に緊張や恥の気持ちを抱きながら生活しており、用心深く支援者の様子を観察しています。わずかな不安や不信感でも支援を拒むこともあります。被害者側の養育者が支援を受け入れないと、その後の子どもへの介入が非常に困難になってしまいます。当事者にとって、IPVを打ち明けることは恥であり、とても勇気のいることです。支援者の態度いかんによっては「“専門家”には二度と相談しない」と頑なになってしまい、被害親子の社会的孤立をますます深めることになりかねません。

 児童福祉領域が関与を開始する以前に、他の公的機関、家庭子ども支援センターや保育園・幼稚園の職員や学校教員、医療機関などに話していたり、女性支援センターや法テラスなどで離婚に関する相談をしていることも少なくありません。その中に、被害者側養育者が信頼を寄せている公的機関のスタッフがいれば特定して、密に連携を取りながら支援を進めていくことが大切です。

 また、行動変容モデルの考え方も有用です。これは、「無関心期(暴力被害に気づいておらず自分と無関係と認識している)」、「関心期(暴力被害が問題であると気づき始め、生活を変えることへの是非を検討し始める)」、「準備期(生活を変える意思が強くなり実行計画を考え始める)」、「実行期(被害を受け続けることを終わらせるために、生活環境やパートナーとの関係性を変えるための行動を起こす)」、「維持期(暴力を受ける関係が終わり、被害の再発を予防に取り組む)」といったステップで考えられたモデルです。ただし、IPV被害の場合は、個人の問題についての行動変容とは異なり、加害者・被害者の子ども・家族や知人・コミュニティや社会・支援組織などの社会的リソースなど、様々な要因が絡み合って状況を作り上げているため、モデル通りに段階を踏んで進むとは限らないことに留意が必要です。4段階目の「実行期」に至っているのに、パートナーとの関係を変える手段がなく、経済・住居・身の安全などの点で行動できない状況にいることも稀でなく、5段階目の「維持期」であっても離婚に関する争いが続き、加害行為を認めないパートナーとの定期的な面会交流が被害者側の親子の不安や恐怖を高めたままで維持する圧力になっていることもあります。身の安全の保証なく離別することがが困難であるため、暴力的なパートナーとの関係継続を選択していることも少なくありません(荒野で親子ともども死んでしまうくらいなら、子どもが自立するまで猛獣と暮らしたほうがましなどと思っている場合もあります)。

  

 以下のような介入は、当事者のIPVに関する認識・行動変容を促進させるとも言われています。

・当事者がIPVについての知識を増やすこと。(IPVがどのような力動で生じる問題であるか。自分たちが置かれた状況について)

・当事者がIPVが子どもにも影響していると認識すること(子どもの直接被害を含む)

・経済・住居などの生活を自立できるようなリソースの提供

 ・安全の保証

 ・当事者が、環境を変える力を自らが持っているという希望を持つこと。

  支援者は、被害者側の親や子どもの視点で状況を理解することに努め、離婚・別居といった解決に近づく行動に踏み出せないとしても、当事者が最善を尽くしていることを認識し、それをエンパワメントし、当事者の認識に見合った支援の提供が望まれます。なお、支援者側がリードし先走りすぎてしまうと、被害者側の暴力によって低められた自尊心が更に低くなり、無力感や支援職への不信感が強まる可能性があるため、緊急事態以外ではできるかぎり当事者のペースについて行く姿勢でいることが大切です。役に立ちそうなリソースは支援者側から提示しても、それを選択するのは当事者であるという態度で、支援者が一線を踏み越えることは極力避けましょう。

 IPVが被害親子に与える悪影響について適切な知識を与え、行動に踏み出せない具体的な理由について丁寧に扱いつつ、子どもの安全や健康に焦点をあてた関わりを続けていく中で、虐待的なパートナーとの関係に終止符を打とうと踏み出せるようになることも多いです。支援者としては、 当事者の社会的・心理的環境をより理解していこうとする姿勢と共に、被害親子と支援者との同盟関係を断ち切らないような配慮が必要です。そして、IPVに関する適切な知識を持って、関係者間で共通認識をもって連携することが重要です。

参考文献

・Giardino AP, Lyn MA, Giardino ER. A Practical Guide to the Evaluation of Child Physical Abuse and Neglect. Springer New York; 2010.

・Jenny C. Child Abuse and Neglect E-Book: Diagnosis, Treatment and Evidence. Elsevier Health Sciences; 2010.

・Amemiya, A., & Fujiwara, T. (2016). Association between maternal intimate partner violence victimization during pregnancy and maternal abusive behavior towards infants at 4 months of age in japan. Child Abuse & Neglect, 55, 32-39. doi:10.1016/j.chiabu.2016.03.008

・岩瀬久子. 女性のためのシェルターにおけるDV被害を受けた子どもへの支援 : スイスのシェルター,マリープレリの『私の青いノート』の紹介. 子どもの虐待とネグレクト = Japanese journal of child abuse and neglect : 日本子ども虐待防止学会学術雑誌. 2013;15(3):336-345. (NPO法人 DV防止ながさきhttps://www.no-dv-nagasaki.net/資料/から購入可能である)

・アジア女性センター. 虐待とDVのなかにいる子どもたちへ: ひとりぼっちじゃないよ. 明石書

・ 暴力被害者と出会うあなたへ: DVと看護. 医学書院; 2006.

・ G シルバーマンジェイ. DVにさらされる子どもたち: 加害者としての親が家族機能に及ぼす影響. 金剛出版; 2004.

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