知的障害

・子どもの知的障害は、子ども虐待のリスク要因の1つではありますが、子どもが知的障害だからこそ、より適切な子育てを学ぶ機会を得ている養育者もいます。

・知的障害のある子どもの子育てには大変さ・苦労が伴うことも事実です。

・知的障害の程度によって、子育ての大変さの質に違いもあります。

子どもの知的障害と子ども虐待のリスク

Sullivan & Knutson ( 2000 ) によると、障害児(知的障害だけでなく、身体障害、発達障害などを含む)は定型発達の児童と比べて、不適切な養育(マルトリートメント)を受けやすいと言われています。ネグレクトのリスクは、3.76倍、身体的虐待のリスクは3.79倍、性的虐待のリスクが3.14倍、心理的虐待のリスクが3.88倍であることが報告されています。また、これらを複合している傾向も高い状況があります。身体障害や言語障害のある児童の場合、就学前の発生が報告されていますが、知的障害では、就学前だけでなく、学齢期、思春期前期、全般に発生リスクがあります。

認識の発達に全般的な遅れのある知的障害児において、しつけを通して行われる、食事、排泄、身だしなみなどの身辺自立課題や、時間や相手にあわせたあいさつ、雨が降ったら傘をさす、ファミレスでは静かにするといった簡単な社会的ルールの理解課題をクリアしていくことが難しい状況があります。言うまでもなく、養育者は障害のある子どもを育てる準備のないまま親となり、ほとんどこうした子育てのモデルとなるものがない状況の中で子育てを強いられていることも多いです。このような中で、不養育者において、適切な養育のリスクが高まることは容易に想像できるのではないでしょうか。

さらに、子どもの年齢が上がり、関わる世界が広がっていくことで、養育者だけでなく、支援者からの不適切な対応を受ける場合もあります。彼ら・彼女らの知的障害は、助けを求めたり、不適切な対応の事実を表現するなどの適切な援助要請を難しくさせる場合も多く、支援関係を含む様々な関係性の中で不利益な状況や被害が生じやすいことも多いです。

一方で、親自身の被虐待経験や、生活の危機、経済的不安定さなど、一般に子ども虐待の要因とされる状況でありながら、知的障害の子どもを育てることで、養育者自身が成長し、乗り越えている事例も目にします。子どもの知的障害が早期に発見されることで、公助→共助→自助と、成長に向けてのステップを踏んでいく事例も少なくありません。

知的障害のある子どもの養育者同士が集まり、自身の経験を語り合う中で、養育者が前向きに子育てに向き合えるようになることも多いです。自身の苦労や子どもの障害さえもユーモアをもちながら語れるようになると、養育者のストレスは軽減されることも多いです。

知的障害のある子どもと家族の支援

知的障害のある子どもの適切な養育や、養育者自身の成長を支えるためには、適切な情報提供を含めた心理教育的なアプローチが有効です。養育者の対処技能やコミュニケーション能力をエンパワメントし、心理的・社会的サポートを養育者が実感できているかどうかが重要です。

しかしながら、知的障害の子どもを育てるのは、大変さや苦労も大きいものでもあります。また、知的障害の程度によって、その大変さの質も違ってきます。知的障害が重度な場合には、支援は介護的な要素が加わり、親として思い浮かべていた、いわゆる「普通の」育児や、「普通の」家庭生活とは異なる生活となることもあるかもしれません。日常的な世話を必要とし、指示が理解できない・子どもの思いを聞き取ることができないといった親子の相互作用を阻害される経験は、養育者にとって、挫折感などの屈辱的な感情を呼び起こすものでもあるかもしれせん。「愛情があれば大丈夫」などといった支援者のアドバイスはそのような屈辱的な感情をよりエスカレートさせものでもあります。援助者は、養育者の子育ての大変さ・苦労を受け止め、子どもが少しでも自立的な生活を送れるように成長していくためのトレーニングを行ったり、コミュニケーション手段を広げていくこと、養育者が心理教育、療育、デイサービスなどの外部のサポートを受けられるようにつなげていくことが大切です。

知的障害が中程度から軽度の場合には、わかっていそうなことが、実はわかっていなかった、年齢が上がるにつれ、わかっているふりがうまくなるといった課題(勝手な判断や自分流のやり方でやってしまうため周囲を混乱させてしまうことがあります)や、知的障害が軽度なゆえに劣等感を抱きやすい自己認識の課題、援助要請における課題(被害に遭ったにもかかわらず、的を射ない説明に終始してしまう)などが養育者のイライラを誘発ししやすい側面もあります。子ども自身に中途半端な児童虐待についての知識がある場合などは、「私は虐待されている」と被害的に周囲に吹聴し、ハードな子育てに耐えてきた養育者の心を折ってしまうような場合もみられます。一見かわいらしく、「普通に」見えてしまうために、養育者の苦労は見過ごされ、孤立してしまう状況があります。子どもにも養育者にも結果を見通した丁寧な説明(たとえば、「虐待だ!」と直接訴えると余計にイライラされて損するから、「こんな嫌なことがあった」と先生に説明して、どうしたら良かったかアドバイスをもらった方が得だよと助言するなど)を心がけ、子どもと養育者それぞれの傷つきをケアしていくことが求められます。また、心配が先行するあまり、保護的な養育になりがちな保護者に対して、年齢や発達に応じたかかわり方(手の離し方)を伝えていくことで、子どもの自信が増し、養育者も子どもを保護しなければという強い呪縛が少しずつ緩和されていくことが多いです。

援助者として知的障害という特殊な事情を抱えた状況にたいする理解とともに、一人ひとりに丁寧にかかわることで、「知的障害」という事情も子育てにおいてプラスにもマイナスにも作用する1つの要素であるという大きな視点の理解の双方を備えておくことが大切です。

参考文献

Sullivan P. M. &  Knuston J. F. (2000).Maltreatment and disabilities: a population-based epidemiological study. Child Abuse and Neglect., 24, 1257-1273

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