こどものトラウマ
・トラウマによる症状には、再体験、過覚醒、回避、麻痺などがあります。
・子どものトラウマ症状は、成人と異なる現れ方を持つので注意が必要です。
・虐待によるトラウマから快復するためには、援助者による複数の観点からの介入が求められます。
子どものトラウマの特徴
虐待などによりトラウマ体験(心的外傷体験)を持つ子どもには、成人と同様に、再体験、過覚醒、回避が出現することがありますが、子どもの場合には、以下のような特徴があります。
①発達段階により症状の表れ方が異なる
乳幼児:指しゃぶり、夜尿症、新しく獲得した発達的スキルを失うこと、獲得言語の喪失などの退行的な反応が生じることが多いです。
未就学児童:再体験について成人の場合と異なり、遊びの中で再現されがちです(怒鳴る大人のまねなど)。
小学校:悪夢、外傷的出来事への没頭、出来事に関する複雑な再演、過覚醒、大げさな驚愕反応、感情麻痺、恐怖、引きこもり、攻撃行動、集中困難、記憶障害、身体的愁訴などを生じることが多いです。
青年期:不平、攻撃行動の一方で引きこもり、依存性、性的な行動化、非行、物質乱用、自分を危険に曝す行動を生じやすいです。
②言語表現が難しい
子どもは症状を言葉で表現することが難しい場合が多く、再体験などを聞いても答えられないことも多いです。周囲の大人の注意深い観察により、表情や行動や遊びからその症状を見出すことが必要です。
③養育者との関係の影響が強い
トラウマ体験が子どもにどんな影響をもたらすかは、養育者との関係によって大きく異なります。特にアタッチメントの観点から考えた時、本来子どもの不安や恐怖は、養育者との安定したアタッチメント関係によって減少し、養育者は安心感をもたらします。安定したアタッチメント関係はPTSDの発症を抑える方向にも働きます。しかし、養育者による虐待がある場合、アタッチメント関係は不安定な状況となります。すると、子どもは養育者から「脅威を与えられる」「安心を取り戻させてもらえない」という二重のダメージを加えられることにもなります。この意味で、虐待は心身への悪影響が非常に強いです。
④解離の視点からの理解が大人以上に重要
解離とは、行動―情動―知覚―記憶という本来は連動している心の働きが分離して働くようになってしまう状態ことです。子どもの場合は、もともとこうした機能の連動がまだ十分確立していない面があるため、空想と現実の区別や、感情の調節もあいまいな面であり、一定した人格パターンもできあがっていない状況があります。そのため、解離症状かどうかの判断が明確ではない場合もあります。つまり、典型的な解離症状であるぼんやりする、口調が変わる、赤ちゃんのように振る舞う、独り言を言うなどが、必ず解離であるとも言えません。あるいは、場面によってこういった行動が変わるため、嘘をついているのかというと、もちろんそういうわけでもありません。簡単に決めつけず、虐待を受けている可能性を念頭に置いて、ひとつひとつの言動を丁寧に繋いでいくことが大切です。
解離は心の痛みで精神機能がダウンするのを防ぐ、防衛的な機能を持っています。子どもはこの機能を、大人に比べて自然に遊びなどを通して使っているとも言えます。これは、ポストトラウマティック・プレイセラピーのような治療でも活かすこともでき、その意味でも子どものトラウマにおいて「解離」という視点は非常に重要です。
⑤成人よりも広範囲の精神症状・問題行動を生じる
一回の出来事でおきる「単純性トラウマ」に比べ、繰り返し起きる虐待によるトラウマは「複雑性トラウマ」と呼ばれ、認知や感情調節や対人機能などの様々な心的機能の発達に悪影響を及ぼします。複雑性トラウマでは中核の3症状以外に広範囲にわたって精神症状や問題行動が生じます。複雑性トラウマについて臨床的な操作的な診断項目を整理したのが「他に特定されない極度のストレス障害」(Disorders of Extreme Stress、 Not Otherwise Specified: DESNOS)です。子どもについては、特に「発達性外傷障害」(Developmental Trauma Disorder(DTD))という新たな診断概念についても、援助者は知っておくと有用です。なお、DTDはDSM-5では採用が見送られましたが、依然として重要な診断概念であり、自己の状態を調節する機能の障害であるとされています。DTDは、アタッチメント対象から安定したケアをもらう体験がつめないままにトラウマに曝され続けることで、「感情・生理状態」「注意・行動」「自己・対人関係」の調節ができないままに、不適応的なやり方(調節障害)が定着してしまった状態です。自分や他者や生きることに対して、バランスの悪い認識が身についてしまっている状態をいいます。
子どものトラウマの支援
トラウマの支援を考える際に、まず最初に重要なのは、トラウマの「評価」です。子どものトラウマの評価指標は様々なものが開発されており、代表的なものにCAPS-CA-5、PTSD-RI-5、TSCC-A、IES-R、CBCLなどがあります。
虐待によるトラウマで苦しむ子どもの支援には、主に、薬物療法、心理療法、入院治療がありますが、以下に、代表的な心理療法をいくつが紹介します。
トラウマに焦点を当てた認知行動療法(CBT)として有名なトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)は、Deblinger、 Cohen、Mannarinoによって開発された手法で、回数や各回の内容などが構造化されています。具体的には、「心理教育」「リラクセーション」「感情の調整」「認知的対処と処理」「トラウマナラティブとトラウマ体験の認知処理」「トラウマのリマインダーの実生活内コントロール」「親子合同セッション」「将来の安全と発達の強化」から構成されています。
よりゆるやかな構造で用いられる心理療法としては、「ポストトラウマティック・プレイセラピー」があります。外傷体験の再現を遊戯療法に取り入れ、過剰な感情表現の緩和や自己効力感を高める介入をおこないます。
どんな支援にせよ、養育者の支援を並行して行うことが求められます。虐待の加害者である養育者に対しては、再発防止を支援する必要がありますが、支援者と加害者の間で関係を構築していく作業は容易ではありません。出会いから関係作りというプロセスに踏み出す時点で、支援は始まっています。虐待加害の養育者に対する教育プログラムとしては、「コモンセンス・ペアレンティング(CP)」「ノーバディーズ・パーフェクト(NP)」「ケア(CARE)」などの親教育プログラムが効果を上げていますが、虐待をする養育者は、自身が被虐待経験を持っていることも多く、加害者支援には被害者支援の視点も重要です。
参考文献
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Ray, D.C.(2006)“Evidence-Based Play Therapy” in “Contemporary Play Therapy: Theory、 Research、 and Practice”Charles, E.(Ed.), Guilford Publications.
山崎他編(2012)「改訂第2版現代児童青年精神医学」永井書店
杉山登志郎(2009)「そだちの臨床」日本評論社
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